【前回の記事を読む】ソファに寝転んでいると、父の視線が…とっさに太ももを隠すと、我に返ったように目をそらされ…
人生を失い、それでも女は這い上がれるか
由香里
お風呂から上がって、洗面所で体をタオルでふいているときに、父が廊下との間のアコーディオンカーテンをほんの少しだけ開けて、洗面台の髭そりなどを、「おっ、ちょっと、ごめんな」といいながらとることもあった。
由香里はビクッとする。そしてアコーディオンカーテンを閉める直前の父の彼女の体に向けられた鋭い視線を見逃さなかった。こうしたことが何年か続いたという。
そういうとき以外の父は以前のままだったが、由香里はそれまでのように父を信頼はできなくなっていた。このことを母にはいえなかった。母を傷つけるようにも思えたし、「気のせいでしょ」と笑い飛ばされてしまうような気もしたからだ。
カウンセリング参加者たちは、この由香里の話を真剣に聞いた。自身にも思い当たるフシがあるという空気があった。同じ体験でなくても、痴漢など、子どものころから女性として嫌な思いがある者がほとんどである。
誰も由香里の思い過ごしだなどという反応は見せなかった。恵子は、だが、このグループカウンセリングの参加者が半分、男性だったらどうだろうかと思った。由香里の痛みを感じる人もいなくはないだろうが、
「視線まで、そういう被害だと思われてもなあ」とか「女性の方が見てくださいといわんばかりに足や肩を出した服装をして外歩いてたりするからね。それが嫌ならそういうかっこうはしなければいいんじゃないか」など、ヒソヒソ話が聞こえてきそうである。
恵子も、職場で男性の視線に不愉快な思いをしたことがある。隣の部のある男性の先輩は、朝、入り口から入ってくる若い女性を一人ひとり上から下まで舐め回すように見るのだ。
夏で露出度が高くなると見ている時間も長くなる。これが女性職員懇談会で問題になったことがある。恵子の部の後輩が勇気を出して提起したのだ。すると数人の女性たちが同調して意見をいった。