【前回の記事を読む】父の“視線”の事を母に相談できなかった…「ちょっと髭剃りを」と、私の風呂上がりに合わせて洗面所に入ってきたこともあった。
人生を失い、それでも女は這い上がれるか
由香里
せめて、シンナーに手を出さないこと、暴力団とつながっているような男性との接触は避けること。由香里は母のためにそれだけは守ろうと心に決めた。
三年生になると高校受験のために塾に通うようになり、たまり場にいる時間はほとんどなくなった。由香里はめいっぱい塾の授業を日程に入れた。これなら家にいなくても母も心配しない。
平日は、一度帰宅し、母が作ったお弁当を持って塾に行く。仕事で疲れているだろうに、母が夕方急いで作るお弁当はいつも心がこもっていた。
そして、必ず、メモが入っていて、「ファイト!」とか「無理しないでね」とか「眠いときは寝よう!」とか、短い言葉が走り書きされていた。
由香里は、「私が本格的にグレてしまわなかったのは、あの母のおかげだと思います」と語った。だが、たまに父の例の視線にでくわすと、その母の思いやりさえ、「私の嫌な思いをなんにも知らないで、いい気なもんだ」とすねるような感じにもなったらしい。
その後、由香里は母の勧めで私立の女子校に進学。そこを卒業後は、東京に出て母の姉の娘、つまり従姉妹と二人暮らしをしながら専門学校に通い、歯科医院で医療事務の仕事をするようになる。
恵子はそのころの由香里のようすは知らない。恵子が退院してしまい、グループカウンセリングに参加しなくなったからである。
が、退院して少しすると、カウンセラーから「グループカウンセリングだけ来ませんか?」と誘いが来た。子どものころに母親から虐待されていた恵子の心にも闇(=病み)を見出していたのであろう。
千里浜はその辺は融通が利く病院で、担当カウンセラーの采配でなんとでもできたようだ。まあ、来て話に加わるだけだから、病院の出費はゼロだし、社会復帰してお酒を止めている先輩の姿を見るのも断酒の決意を固める上で有益と判断したのだろう。
だから、恵子は結婚あたりから、再び由香里の話を聞くようになった。
勤めた歯科医院は、父親が院長、息子が副院長で、東京の高級住宅地にあった。由香里の美貌である、独身の副院長が放っておくわけがない。
交際を申し込まれ、由香里も彼の優しい人柄に好感をもっていたので、恋愛がスタートした。