「黒沼が警察の世話になったときも姉ちゃんが警察に詫びにいって、会社でもあちこち謝って回っていた。母親代わりだったようで……変な言い方だけど父子家庭ってやつです」
「会社にも謝ったのですか?」
「姉ちゃんはこの会社に居ましたからね。姉ちゃんのほうが早い入社で、黒沼も姉ちゃんの引きでこの会社に入ったようです。総務に居たよなー、姉ちゃん」
近藤が渡辺に同意を求める。
「フフ……」
渡辺の様子がおかしい、含み笑いを始めた。
「何だよ?」
場を仕切っている近藤にも笑いの意味がわからない。
「すみません、フッフ…」
「フフ、だから何よ?」
近藤もつられて笑っている。
「フッフフ」
渡辺は湧き上がる笑いに堪えながら、「社内検診のとき、近藤さんが検尿コップを持って総務課の列に並んでいた……フフ、真面目な顔して並んでいた」
近藤は頭を抱えた。
「こういう場所でそういうこと言うかなー? 勘弁してよ、ナベちゃん。あのときは皆を代表して……俺は並びたくなかった」
近藤の狼狽ぶりを見て、つい新島も構いたくなった。
「何の代表ですか?」
「代表っていうか……参ったなー」
近藤が観念した様子で、
「黒岩の姉ちゃん、あんな上品できれいな人のオシッコは飲めるくらいきれいだって。いやいや俺が言ったんじゃないんです、俺じゃない。皆で盛り上がっていたんです、馬鹿でしょ。
でも陰でコソコソくだらない想像するなんて男らしくないって俺が代表して確かめに行ったんです。ある種の度胸試しなのです。あのときナベちゃんもいたじゃない。もちろん総務の列に黒沼さんは現れなかったわけで……。何もおかしなことはしていません」
呆れる千葉さんに近藤は深く低頭した。
「すみません馬鹿です、八つ裂きにしてください」
そういうことだったのか。憧れの黒沼のお姉さんの検尿コップを見たくて近藤は総務の列に並んだ。確かに馬鹿げている。馬鹿げているが今の近藤の慌てぶり、謝り方には潔い爽やかさすら感じられる。人となりが見えてきた。近藤はがさつだが単純で開けっ広げ、悪人ではなさそうだ。
次回更新は3月21日(土)、20時の予定です。
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