夫はそれなりに考えてくれていて、夕飯時の晩酌習慣は止めることとなった。昌子は申し訳ないから、いいよ、私なら大丈夫といったが、夫は「かえって外に飲みに出る口実ができて嬉しいんだから」と引かなかった。さらに弥生は、午前中だけ、前に働いていたスーパーにパートに出ようと思うという。
たしかに小さな店だから大人二人で十分だ。弥生は、ちゃっかり自分の要望も叶えるかっこうで提案してきた。
「午前中はパート、午後四時までは私の自由時間にさせてください。子どもができるまでにしておきたい習い事もあるし、たまには友達にも会いたいし……。結婚したときは、私、張り切り過ぎてました。お店のこと、がんばらなきゃって。だけど、お義父さん、お義母さんがいるんだから、甘えていいでしょ?
その代わり、四時には来て、お店にも出るし、夕飯の支度もします。夜は家にいるようにするから、お義母さん、おばあさん、おじいさんのところにゆっくり配りに行ってくださいな」
パートに出れば現金収入があるから、弥生が習い事をしたり友達とランチしたりする余裕も出ようということである。「三人寄れば文殊の知恵だよねぇ、みんな、それぞれ考えてくれて……」と昌子は嬉しそうに恵子に報告してくれた。
こうして、昌子は恵子より早く退院していったが、のちに恵子が退院してからは、何度か会って、おしゃべりをした。
「どうよ、その後」と恵子が聞くと、
「どうもこうも、なんか、まだぎこちなくてさ。笑っちゃうわよ」と昌子。家族がなんとなく、お酒を避けようとして、かえってお酒を意識しているのがわかり、昌子としてはどう対応していいのか困ることがあるそうだ。
「だけどさ、みんなが私のこと心配してくれてるのがわかるから、もう飲んじゃいけないなって思えるわよ」
「ぎこちなさに優しさを見出すってことか」
「あんた、うまいこというね。そういうこと。お父さんが晩酌しないのは、どうも悪いなぁと思うんだけどね。でも、まあ、商店会のつき合いだのなんだのと週二、三回は外で飲んでるから、いいのかもね。
前に家で飲んでた酒代でその分くらいは出るしね。なんたって、私が大酒くらってたからさ」と昌子は大きな口を開けて、アハハと笑った。
恵子まで嬉しくなった。 その後も、映画を見にいったり、ランチをしたり、月に一、二回程度会う二人であった。そのたびに昌子は家族と協力し合いながらの断酒生活を報告してくれた。
お酒を飲んでいたときに比べ、家族で話をする時間が格段に増えたという。それはそうだろう。昌子がシラフなら、陽気な性格である、話のタネも多い。笑い合いながら会話する家族の光景が想像できた。
まもなくして弥生が双子の男の子を産み、昌子はそのサポートと商売で忙しくなり、恵子とも疎遠になった。和菓子を見ると、恵子はいまでも、昌子の明るい笑顔を思い出す。
次回更新は3月16日(月)、21時の予定です。
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