八重子は、東山区の知人の家を訪問した帰りだった。
彼女は、東山通りから乗った市電を大石橋で、伏見線の中書島行きに乗り換え、肥後町の自宅へ帰る途中だった。日曜日の夕方は、京都市内からの買い物帰りの乗客で、車内は混雑をしていた。
この混み方のままで、降りる先の“肥後町までは20分は立っていなくてはならないわ”と、思いながら車中の人となった。一廻り見回して、空きそうな席のない事を確認して“やっぱり座るなんて無理だわ”と、思いながらも吊革にぶら下がり、電車は直ぐに走り出した。
暫くは、何も考えず通り過ぎる暗い外の町明かりをぼんやり眺めていたが、ふっとガラス窓越しに、周りとは頭一つ分以上背の高い男が、自分を見つめている。
八重子は、それが先日の仙一だと直ぐに分かった。
あの時の“男”が自分を見つめている。仙一は、10代のまだ少年ともいえる18歳の若者だが、彼はどうやら外国人の血が入っているのか、彫りの深い端正な顔立ちに加えて、骨格も背丈に合わせて大きく、女から見てもなかなかの魅力を持っている。
しかし、若さ故の完成されない未熟な青年でもあった。
女にとっては、惹きつけられるものがあの仙一には存在する。
実は、八重子にとっても、仙一との裸の交接があの日以来忘れられない。
八重子は過去の豊富な男との経験の中で、自分の好みがはっきりとした男性的嗜好を持っていた。しかし自分にとって、仙一は若過ぎる。
まだ熟し切っていない若い身体にも関わらず、大きな骨格の弾けるような全身で包み込む様な仕草で抱かれたのは八重子にとって初めてだった。
粘り強く自分の性感を探し当て、抱擁されるあれは、自分が探し求めていたもの。
八重子は、仙一の目線を感じながら、自分と交わった時のあの熱い関係が脳裏で蘇ってくる。
でも、私にはあの人がいる。あの若い子を相手に、あれ以上の関係は続けられない。と、思いながらもあの時の事を考えると、身体の芯から熱いものが滲み上ってくる様で、その考えと窓ガラスに映る彼の事を頭の中から振り解こうともがいた。
そして、あの目で自分を見つめ続けている。あの目で自分の記憶の中に絡み付いてくる。
情念の脂ぎった目で、はち切れんばかりの白い皮膚で、絡み付いてくるあの一途な若者。
あの時は、噂に聞いた“持ち物”に興味を持ち、酒造会社の藤田に手配をさせ、我が家で仙一をモノにしたのは、藤田と賭けをしての、一度だけの軽い遊びの積もりだった。
その賭けの品が一本の清酒。
試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
【イチオシ記事】元カノに触った手で触れられるのが嫌で、夫の手を振り払ってしまった。帰宅後、ドアを閉めると同時に激しくキスされ…
【注目記事】彼女から自殺をほのめかすメールが毎日のように届いたが、ただの脅しだと思い無視し続けてしまった。その結果、大学の卒業式当日に…