【前回の記事を読む】何十年も続く不安とうつうつ――体に痕は残らないが、脳は傷ついていた……

一 折檻を恐れた幼少期

暴力の日々

「出てけ!」

そう言われた僕は、家を背にして雪の降る中を歩き出していた。たぶん、小学校低学年のときだったと思う。僕は手に持っていた棒かなにかを振り回して遊んでいて、その最中に子ども部屋の電灯を割ってしまった。母は激怒した。

母に引き留めてほしいという期待はなかった。家にはなんの未練もなかった。本気でよそに行こうと思っていた。たぶん、誰かが拾ってくれるだろう、そう思っていた。気持ちは静かだった。

だから、母が慌てて僕を連れ戻しに駆け寄ってきたときも、不思議なことをするのだなと感じていた。出ていけと言われたから出ていったのに、連れ戻すなんて理解できなかった。抵抗することを考えられなかったから、僕はそのまま家に連れ戻された。

未練ということでは、僕は唯一の例外を除いてホームシックになったことがない。1泊以上の修学旅行とか、祖父母の家に夏休みに数週間泊ったときとか、25歳でパリへ1年間の予定で留学したときも、僕は家や両親が恋しいと思ったことは1度もない。

子ども時代でもそうだったし、大学生活のために親元を離れて1人暮らしをしたときも、そうだった。友だちがいないといけないということはなく、1人で遊ぶこともちっとも苦にならなかった。

知り合いの女性からも「あなたは1人遊びが上手ね。放っておいても機嫌良くしているのだから」と言われたことがある。だから、ホームシックという感情も、寂しいという感情も、よくわからない。

「寂しい」という言葉は知っているが、そのような感情を持ったことがあるかと聞かれれば、ないとしか言いようがない。温もりを感じたことがなければ、そういうものがあるということを知らないわけだから、寂しいと感じることもないのは当然である。