【前回の記事を読む】大腸がんを5年放置していた母…無理矢理病院へ連れて行き、「あとどれくらい生きられるか」聞くと…

サイコ3――奇跡の手

翌朝、鍬下が賽子の事務所を訪れていた。麻利衣が電話で相談したらわざわざ事務所まで来てくれたのだった。

「この其田という男はきっと詐欺師に違いありません。母も騙されているんです。何とかなりませんか?」

「確かに医薬品医療機器等法や景品表示法違反の疑いがある。でも詐欺は二課の管轄で僕の仕事じゃない。二課に頼んでみてもいいが、捜査して詐欺と立証するのには時間がかかる。それまで君のお母さんが生きていられるかどうか」

「賽子さんはどう思いますか?」

麻利衣は隣に座って銀河シェイクを飲んでいた賽子に訊ねた。

「超能力治療は存在する」

「賽子さんに訊いた私が馬鹿でした」

「『長洲の生神様』と崇められていた松下松蔵という人物を知っているか」

「もちろん知りません」

「彼は大正8年10月、47歳の時、突如として吐血し、生死の境をさまよった。快復したのち、彼は不思議な治癒能力を授かった。彼は見るだけで患者の病気を一瞬で診断し、『よか』と一言発するだけで病気を治癒させた。その能力は当時の新聞でも取り上げられ、数万人の治療をした。彼こそは本物の治癒能力者だ」

「そういう怪しい心霊療法を売りにしている人って時々いますよね。それにその怪しい治療によって病気がよくなったという体験談も。

でも、私から言わせれば、それってプラセボ効果だと思います。新規に開発された薬の治験を行う際に、実薬を投与される群と、偽薬――プラセボを投与される群とに、患者には分からないように振り分けられます。

何故なら患者は新薬で自分の病気がよくなるのではないかという期待感があり、プラセボ群であっても、その期待感により症状がよくなってしまうことがあるからです。

プラセボ効果を統計学上有意に上回る効果がなければ新薬が承認されることはありません。現代医療というものはそういう怪しげな効果より明らかに優れたものなんです。心霊療法で改善した人達は単にプラセボ効果を実感したに過ぎません」

「それで何が悪いんだ?」

「は?」

「病は気からと言う。世知辛い世の中を生き抜かねばならぬ人間たちの心に溜まりに溜まったストレスが数々の病気を引き起こすのは当然のことだ。原因となっている病んだ心が癒されれば、ほとんどの病気の症状は改善する。

むしろプラセボ効果を知りながら、心の治療をずっと無視し続けてきた現代医療の方がよっぽど問題ではないのか。多くの患者が医師の忠告を聞かず、民間療法や心霊療法に走るのはそれが原因ではないのか」

「今では、認知行動療法とか、マインドフルネスとか、そういう心身医療への取り組みも増えてきています。現代医療に関して余計な心配は無用です。もう結構です。賽子さんに相談した私が馬鹿でした。ちょっと外の空気を吸いに行きます」

そう言うと麻利衣は顔を真っ赤にして席を立ち、玄関を出た。