そして「キスして」はやまない。迫りくる拓也さんの誕生日。なにもしてあげられない。

超困ってるが、誰も頼りにしてはいけない。私が拓也さんを抱きとめてしまったんだから。

拓也さんの誕生日が来た。ドンピシャ、神様の采配ですか、私はグループホームの当番。

控えめに「おめでとうございます」と伝える。

ちょっと拓也さんいつもと様子が違う。

緩んだところがなく、ビシっとしている。ズボンは新品の紫の寅壱。

「俺、切り絵またするからよ」

私の目を見ないで、隣に起立している。

「だからよ、ちょっとあなたに手伝ってほしい、紙押さえるとか、アドバイスとかそんなのでいい」

はい、と私は隣に起立して答える。

その日は特にからかいも、例のキスどうとかもなく終わりそうだった。拍子抜けした感じもあるが、ほっとする。分かってくれた。あっけないけど、良かった。

帰る間際に、利用者さんのリハビリに使うゴムボールが床に落ちていた。利用者さんの手を引いて、トイレに連れていく途中だったので、誰かが転ばないように腰をかがめて椅子とテーブルの間に挟んだ。トイレは待ったなし、早く連れていかないといけない。

トイレのお手伝いが済んで、利用者さんを居室へお連れしてベッドに横になってもらう。

よし、今日はこれで終わり。

そう思っていたのに。

次回更新は3月11日(水)、20時の予定です。

 

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