【前回記事を読む】女郎通いの末、梅毒にかかり、その治療が原因で死去したシューベルト。偉大な作曲家たちは聖人君子ばかりではなかった。

序章 目に付く鱗

本書の守備範囲

三作品を中心に扱う。マーラーからは二作品、ドビュッシーからは一作品だ。どの作品もこの二人の作曲家にとっては代表作で、既に多くのことが語られてきた。語り尽くされたと思われがちだが、まだ語られていないこと、語り足りないことがあるからこそ取り上げた。

また、ドビュッシーの革新性を述べたい余りに、その技法上の基礎部分の説明がやや冗長になってしまった。だがここは日本の音楽教育の問題点の指摘の意味もあり、それを含めてお読みいただければ幸いだ。

またオペラ『ペレアスとメリザンド』のシノプシスを再確認せざるを得ず、この部分も少々冗長になってしまった。ただしその際新たな視点も組み込んだ。

いずれにせよ新しい網を掛け、新しい作品像を掬いあげることを旨とした。脱線も多く、特に野球などのスポーツを取り上げるのも大きな脱線だが、西洋文化を受け入れる際に共通なものが通底しているように思う。

これは本書のもう一つのテーマなのだがあまり露骨にならないように心がけた。

なお本書では主に二つの文学作品を扱った。もとより文学の専門家でもない著者が少々生意気なことを述べてしまった嫌いがある。

特にゲーテの『ファウスト』に関しては、この大文豪の、しかも代表作に土足で踏み込んでしまったかも知れない。この場をお借りしてお詫び申し上げる。

ただしその文学作品を扱った作曲家たちも私と同じように、こと文学に関しては素人だ。このあたりを寛大に見ていただければ望外の仕合わせだ。