生駒屋敷は、尾張国丹波郡小折にある。生駒家は、灰や油の商いと馬借(運送業)で財を成し、武家商人として尾張国から東三河まで手広く商っている豪商だ。
信長は、その財力に目を付け頻回に生駒屋敷を訪れていた。しかし真の狙いは、生駒家の末娘吉乃(きつの)にあった。
尾張中で小町と噂されていた吉乃は、透き通るような白い肌と肩を流れる黒髪が美しく、しかも聡明で心優しい女性であった。尾張の若殿の信長もさすがに吉乃と接点を保てず困っていた。
そんなときに仲良くなったのが藤吉郎だった。藤吉郎が、信長と吉乃2人の間を取りなすことで、吉乃は信長の側室になったのだ。
(小折城は、明治時代に廃城となるが、当時の面影を残す屋敷の中門だけが現存する)生駒家の当代の家長は、幼名を昌利、通称八右衛門と呼ばれている。
弟妹は5人、その妹が吉乃だ。信長の側室となった吉乃は3人の子を成す。
信忠、信勝、そして徳姫だ。信長の長女・徳姫は、同盟強化のため徳川家に輿入れをする。
藤吉郎が両家の橋渡しをせねば、子らは誕生せず時代は明らかに違う方向へと進んでいただろう。信長の正室濃姫は子を成さなかった。そのため吉乃は、織田家にとり特別な存在になっていた。
話を戻そう。信長は、いつものように吉乃目的でふらりと生駒屋敷に立ち寄った。
「どれ、今日の屋敷はどんな状況かの? 吉乃はいまどこで何をしているか顔を見に行こう。あの小男は真面目に働いているかの?」
呟(つぶや)きながら、大門から中門に入っていく。
毎度のように中門の門柱に体をもたれかけ、広い屋敷と大庭園の観察を始める信長だった。