プロローグ

◆慶長3年(1598年)6月

秀吉は、御寝所で老いから来る体調変化に悩まされていた。戦乱の過酷な日々に耐えてきた体もむしばまれ、著しく弱くなっている。

その身を案ずる者たちは、大坂城の秀吉の御寝所(ごしんじょ)に見舞いに訪れていた。

横たわる秀吉の周囲には、寧々、淀殿、秀頼、石田三成、秀頼付きの片桐且元(かつもと)の姿があった。そして、家康の姿もある。

ときおり秀吉は、夢と現実の狭間で譫言(たわごと)を口にする。寧々、淀殿、秀頼が秀吉の手を握る。

乱世を生き抜いた厳しさを知る男は、子への憂慮とは裏腹に、これまでの半生で苦楽を共にした信長様や織田軍団での様々な情景を想いだしている――。

その心に残る情景とは?

草履取り士官の訳

儂(わし)が信長様に最初に逢ったのは、天文23年(1554年)頃だった。信長様が21歳、儂は18歳だった。

当時の儂は、尾張北部にある生駒屋敷に住み込みで働かせていただいていた。偶然か必然か、その屋敷で逢っていたのだ。

そのとき、殿と幸運にも話す機会があり、猿というあだ名がつけられたな。儂と殿は3歳違いということで直ぐに仲良くなった。あだ名の由来は、儂らだけしか知らない。