【前回の記事を読む】お迎えを待っていると、真っ青な顔のお父さんが代わりに来て、「お母さんとはもう会えない」と言った。

第三章「一筋の涙」

「ごめん……雪野さんがつらいのに……」

 目の前で泣きじゃくる僕を見て、だいぶ困らせてしまったと思う。

「ごめん」

と、謝ることしかできなかった。言葉がほかに出てこない。

「やっぱり黒田くんは優しいね」

ポケットから出した花柄のハンカチを僕に差し出して彼女は微笑んだ。

「授業参観の日はお仕事で来られないけど、大好きなお父さんがいるから。それに、少し遠くに住んでいるからなかなか会えないけど、おじいちゃんとおばあちゃんもすっごく優しいの」

だから大丈夫だよ、と温かい笑顔を向けてくれる彼女の方こそ優しい人だ。僕の涙が止まるまでそばにいてくれて、お父さんが昨日料理で失敗したとか、おじいちゃんとおばあちゃんと夏休みに神社のお祭りに行ったとか、普段は静かな彼女が必死で僕を笑わせようといろいろな話をしてくれた。   

授業参観の日、彼女につらい思いをしてほしくない。家に帰って、渡された原稿用紙を広げて彼女が笑顔になってくれる方法を考えていた。

 

教室中がいつもとは違った雰囲気に包まれている。後ろの方には保護者がずらりと並んでいる。中学生になって最初の授業参観だからか、多分ほとんどの生徒の保護者が来ているのだろう。生徒の数とほぼ変わらない人数が教室に押し込められている。

背中からの視線になんだか少し居心地が悪いような、そんな緊張感がクラス中に漂っている。手を振られて満面の笑みで応える悠人、「拓ちゃん」と家での呼び方で声をかけられ恥ずかしそうにしている拓也。そんな様子をぼーっと眺めていた。

「ではみなさん、授業を始めたいと思います。保護者のみなさんも今日は一年三組の授業にお越しいただきありがとうございます。中学生になったこの子たちの成長を温かく見守っていただければと思います」

いつもよりも丁寧な口調で話す石川先生に、僕の背筋もピンと伸びる。隣の席の隼人はまだきょろきょろと周囲を見渡して落ち着かない。すると、何かに気づいたように僕に小声で話しかけてきた。

「ねえ、透のお母さん来ていないようだけど?」

「うん、急に忙しくなっちゃったみたい。だから今年は来ないよ」

「小学校のときは毎年来てたのに珍しいな。俺の母さん、今日の授業参観が終わったら透のお母さんとお茶でも行こうかなって朝から浮かれてたよ」

「あー……ごめんなさいって言っておいて」

「まあ忙しいなら仕方ないよ」