しっかり勉強しようと決めて通い始めたが、やはり基礎ができていないためか、どうしても授業についていけなかった。結局半年ぐらいで退学してしまった。

高校の先生に辞めることを伝えると、あなたは王子北高等学校中退という学歴になりますよと言われた。勉強についていけない自分がこの時ほど情けなく感じたことはない。

日本製紙赤羽工場に勤務して二年が過ぎた。

紙を作る機械のことは少しわかるようになった。知れば知るほど、機械は複雑である。

やがて私は製紙に関わるものだけでなく他の機械にも触れてみたいと考えるようになった。そこで移ったのが日立製作所の亀有工場だった。

しかし朝八時から夜八時までと夜八時から朝八時までの二交代制の勤務で、非常にハードだったため、体を壊してしまった。

これではとても続かないと思い、担当課長に辞めたいと伝えたら、担当課長は日勤だけでも来てくれないかと言ったが、やはり辞めようと決めた。

次は車の整備をやろうと思い、毎日、新聞の求人欄を隅から隅まで見た。

しかし求人広告に出ている会社や工場の給料は、一日あたり約三六〇円でもなかなか採用してくれるところはなかった。面接を受けても未経験の小僧なんか使わないよと言われ、肩を落として帰る日々だった。

しかしどうしても自動車の仕事が諦められず探し続けて見つけたのが、運送会社の整備部門だった。一日五〇〇円出すし住み込みでもいいよと言われたので、早速行くことになった。

 

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