工場では一カ月に二回だけ、第一日曜日と第三日曜日に紙を作る機械が全部止まる日がある。
二十四時間動き続けるため、一日間の間に整備をしなければならない。それが機械課の重要な役割だ。故障や不具合を事前に防ぐために、機械設備は各部品の機能の点検整備、清掃、注油などを行う。
工場内のすべて機械を丸一日の間に確認しなければならないので、徹夜で作業をすることも珍しくなかった。
油まみれになって機械と向き合う日々を過ごしながらあらためて感じたのは、機械の奥深さだった。
たった一つの小さな部品にわずかな不具合があっても、機械は正常に動かなくなり故障に繋がってしまう。工場も稼働できなくなる。
大きな機械を動かし工場での生産を支えている当時の機械課には、重要な役割と責任があった。同時に機械は危険なもので一歩間違うと大事故につながることも知った。
当時の工場には、仕事中の事故で指を失った人もいた。指が切断される事故や感電で作業員が亡くなる場面も目撃したことがある。
機械の仕事は大変でも楽しかったが、東京での慣れない生活では孤独を感じたことも多かった。
ましてや中学を卒業してすぐ働いている自分にはいわゆる学がない。読み書き、そろばんの力が足りないことで悩んでいた。姉に夜間高校を勧められたのは、ちょうどその頃だった。
姉も山梨の家を出て、東京で看護師の仕事をしていた。夜間なら働きながら勉強できるし、高校卒業の資格も取れるからと姉は言った。手続き等も姉がしてくれた。
当時会社では夜間高校に行くことは禁止されていた。しかし会社には言わずに入学したのが王子北高等学校夜間部だ。