一方、あなたの誤解は深まり、三人の子供たちを取り込んで私に背かせ、明るく楽しかった家庭は失われた。あなたは家族の前で気が狂ったような姿をさらし、部屋に閉じこもって大声で泣きわめいて、手のほどこしようがなくなった。

無理もなかったが、私にすればこうしたときこそ気丈に協力して欲しかった。

あなたにしてみれば、それまで懸命に家庭を守り、私の両親を大切にして馴染もうとしてきただけに、私が会社から排除されたことは思い描いていた人生設計の崩壊であり、あとさき考える前に私にその悲しみと怒りをぶつけた。

こうして家族それぞれが互いへの「愛」ゆえに苦しむ毎日がつづいた。私が会社を逐われて半年後くらいからあなたは介護の勉強などをして仕事に就き、今日まで職種は変わったが稼ぎつづけている。

辛そうなので、何度か辞めるように云ったが、それを云うと喧嘩になる。

私はブローカ生活を五年半ほど続け、その後はいろいろな仕事をやったが事務用品販売会社の印刷部に就職し、そこを六〇歳の定年で辞め、今はわずかな年金の一部をかすめ取るかのように暮らしている…。

 

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