前著に記したように、医師法第21条(異状死体等の届出義務)の東京都立広尾病院事件判決の意味が『外表異状』という合憲限定解釈にあることが全ての基礎であり、医療事故調査制度創設に際し、東京都立広尾病院事件判決を基に厚労省が示した見解が医療事故調査制度創設の前提である。

我々が、この医師法第21条の外表異状を主張し、これが受け入れられたものであるが、私がこの東京都立広尾病院事件判決の合憲限定解釈を学んだきっかけは、田邉昇医師・弁護士、佐藤一樹医師の著述であったことは、本書を出版するに当たり、特にここに記述し、感謝しておきたい。

また、医師法第21条の司法的解決とも言うべき東京都立広尾病院事件判決に対し、行政的には、医療事故調査制度創設の論議の過程における、田原克志医事課長発言、大坪寛子医療安全推進室長発言、田村憲久厚労大臣答弁によって医師法第21条の解釈が明確にされたものであり、これらを前提に医療事故調査制度創設への合意が形成されたものであることを記しておきたい。

二〇一九年(平成三十一年)二月八日付けの厚労省医政局医事課長通知の「医師が死体を検案するに当たっては、死体外表面に異常所見を認めない場合であっても、死体が発見されるに至ったいきさつ、死体発見場所、状況等諸般の事情を考慮し、異状を認める場合には、医師法第21条に基づき、所轄警察署へ届け出ること」との記述を見て、私は驚愕し、憤りを覚えた。

厚労省が旗を振り、私も体調不良を抱えながらタフな論議を続け、創立に至った制度を、突然の一片の通知でめちゃくちゃにしかねない暴挙と思ったからである。また、私のもう一つの落胆は、この通知を契機に物知り顔で厚労省の通知を支持するような評論家的医療関係者の投稿がネット上に飛び交ったことである。