【前回の記事を読む】静岡県には「駿河トラフ」と呼ばれる狭い海底がある。南側は南海トラフにつながっていて…
第二章 日本列島周辺の沈んだ大陸
一 日本列島の哺乳類相の起源
駿河湾はいつできたか
すなわち、今から四三万年前には駿河トラフの西側は陸地だったことになり、その後に海面に対して一〇〇〇メートル沈水したと考えられます。また、駿河湾の東側の伊豆半島側の大陸斜面でも水深一〇〇〇メートル以上深い海底が一〇〇万年前は陸上で侵食されていて、四三万年前には浅い海だったことがわかっています。
駿河湾の西側にある静岡市街の南側に、駿河湾に面してある有度(うど)丘陵(一般にその頂上は日本平(にほんだいら)と呼ばれます)は、今から約四〇万年前から安倍川の海側のデルタや河口に堆積した地層が隆起した丘陵です。
ここでの私たちの地質調査から、そのデルタで地層が堆積したときに、相対的に約一〇〇〇メートルの海面の上昇があったことがわかりました。【1】
この駿河湾の石花海海盆と伊豆半島大陸斜面の東西両岸での一〇〇〇メートルにおよぶ相対的沈降と、その西側の有度丘陵の地層を形成させた一〇〇〇メートルの海面上昇は、今から約四三万年前以降に同時に起こったことになります。
これらのことから、私はこの沈降と海面上昇は同じ現象で、駿河湾の東西両岸は沈降したのではなく、一〇〇〇メートルにおよぶ海面上昇により沈水したと考えました。私は二〇一七年に著した『駿河湾の形成』【1】の中で、今から約四三万年前以降に海面が一〇〇〇メートル上昇して、同時に陸側と石花海堆も大規模に隆起して、現在の駿河湾の地形が形成された(図11)という仮説を提唱しました。
ナウマンゾウの祖先が渡った沈んだ大陸
ナウマンゾウの祖先が今から四三万年前に大陸から渡来したとすると、ナウマンゾウの祖先が渡った沈んだ陸の橋(陸橋)はどのようなものだったのでしょうか。
この四三万年前の海面が、駿河湾を形成したときの海面と同じく、現在より一〇〇〇メートル低い位置にあったとすると、大陸と日本列島の陸地の範囲は、本章扉の図9のように、ほぼ現在の水深一〇〇〇メートルの等深線で表したようになると考えられます。
この沈んだ大陸の範囲には、中国東側の東シナ海が広く陸地として含まれ、朝鮮半島と日本列島が陸橋でつながり、ナウマンゾウの化石がよく発見される本州の日本海沿岸の広い海域も含まれます。
この中期更新世後期の陸地は、その後に海面が段階的に上昇したために沈み、本州域は大陸と海で隔てられて孤立して現在に至ったと考えられます。そして、日本列島にとり残された動物たちは、列島の中で固有の種へと進化していったと考えられます。