七 試練
宗佐の涙が乾く暇もないうちに、拓善は沙代里姫の霊を成仏せしめるためにこの日宗佐が取るべき一連の行いを言い渡し、その後に付け加えました。
「……良いか宗佐、もしもお前が真実に心を込め、違(たが)うことなくこれらの行(ぎょう)をなすならば、お前の周囲にはおのずから聖なる結界が生じ、今宵お前のもとを訪れてくる亡霊はお前の姿を見出すことができぬはずである。
しかしもしも行いが疎かだったり、中途で心を乱したりすれば、この結界は生じないか、あるいは生じたとしても、たちまちにして破れ去るであろう。
そうすれば亡霊どもはたちまちのうちにお前を墓場に引きずり込んでお前の魂をむさぼり食らい、抜け殻となったお前の体は屍となり、姫の成仏もかなわぬことになろう」
拓善がこれを言ったのは、耳に経を書き忘れたばかりに、平家の亡霊に耳を引きちぎられたという長州赤間が関の琵琶法師の奇譚が念頭にあったからでした。
「はい、しかと承りました。せっかくのお導きに違うようなことは、決していたしません」
宗佐は確信を込めて師に誓いました。
「あいにくなことに、先ほど駒井郡(ごおり)の小山田様の奥方が亡くなられたという使いが来て、わしはこれから経を上げに出かけねばならぬ。
先方まで片道二里はあるから、いかに急いでも、戻って来るのは夜明けになる。
それまでの間、お前は心を確かに保ち、亡霊の誘惑からおのが身と心を守り続けねばならぬ。
もしもお前がこの試練を耐え抜くならば、亡霊はお前を姫のもとに誘い出すことをあきらめ、夜明けまでには去って行くであろう。
もはやお前が来ることはないと覚った姫の魂が悲しみから怒り、恨み、やがては邪念、怨念へと変わって行く前に、我々は速やかに武家の姫君に相応しい法要を営んで姫の魂を成仏へと導き申し上げる。
ただし、このたびの姫君の魂のお前への執着はことのほか深く、その分法要も、容易ならぬ、困難なものとなるであろう。ついてはお前にも、格別な役割を頼まねばならない」
「何なりと、お申し付けください。いかなることもいたす所存です」
宗佐はうなずくように頭を下げ、覚悟のこもった静かな口調で答えました。
「念のためにことわっておくが、今宵の亡霊はお前の心を惑わすようなことをあれこれと言うかも知れぬ……いや、必ずや言うであろう。
しかしいかなることを言われようとも、いかように脅されようとも、お前は一切声を立てることも、身動きすることもなく、不動の心を保ち続けなければならぬ。
容易なことではないかも知れぬが、決して初心を忘れてはならぬぞ」