ふり絞って言葉を出した。
「だから! その前にわたしが聞いているでしょ。なんでわたしを呼び出したの?」
澄んだ瞳で不思議そうに俺の顔を覗のぞき込んでくる。目の前にいるのは本当に有希なのか?
「ねえ、聞いてる? 蒼斗くんって言ったよね? キミのその制服、瑛心高校のだよね? わたしも瑛心高校出身なんだよ」
最近の中で一番の笑顔を見た気がする。ジャズ風のBGMが流れているはずの喫茶店。でも今は俺の心臓の音しか聞こえない。
「蒼斗くん? 大丈夫?」
もう直接有希の顔を見ることができない。みるみる目線は下がり、テーブルにうっすらと映る有希の表情を探す。とてもじゃないが居続けられない。
「悪いけど俺、帰ります」
勢いよく店から飛び出し、走りだした。訳が分からない。この期に及んで有希は何をしたいのか。なぜあんなに陽気なんだろう。まるで別人だ。
走り疲れて立ち止まり、電柱にもたれかかるように座り込んだ。香原弁護士に連絡しようとスマホを取り出す。僅かに照らしていた夕日が緩やかに暗い雲に覆われていく。
画面の「香原弁護士事務所」という文字に、無情さを謳(うた)う雨がそっと乗る。その姿を文字が読めなくなるまでじっと眺める。有希は今でも俺のことを陥れようとしているのかもしれない。もちろん香原弁護士も一緒に。
自分の考えに恐怖を覚え、スマホをポケットにしまう。この浮かれて過ごしていた日々は何だったのか。一瞬にして闇に引きずり込まれたようだ。徐々に取り戻していた平穏な日々が振り出しに戻り、絶望感と悲壮感で埋め尽くされる。
家に向かって無心に走る。汗と雨に紛れて、自分でも気づかない涙を拭っている。描いていた帰り道とは全然違う。虹のかかる余地など微塵もなく、モノクロのノイズがとても似合う世界だ。
試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
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