一世紀、後漢が成立しアジア全体が動乱期になる。
漢の勢力が朝鮮半島へ進攻。高句麗はチュモン王~ムヒュル王まで三代に亘り漢に抵抗してきたが、漢は朝鮮半島の勢力を圧倒。ムヒュル王は九州へ亡命した。
ムヒュルは九州で漢と講和し「漢委奴国」の金印を賜り、その後半島に戻り新羅の王になる。
代わって南方ルートで中央アジアから来たニニギの勢力が九州へ上陸し、進攻してくる。
二世紀、ニニギ勢は九州から大和盆地まで進攻し、日本列島は戦国時代の様相となる。(百余国の大乱へ。一部は神武天皇の東征神話として伝わる)
一七二年、呉の孫堅に征伐された巫術(ふじゅつ)者の許氏一族(ヒミコの一族)日本列島へ逃亡。
三世紀、三国志の時代、ヒミコが魏から金印を授けられる。
魏の太守らは朝鮮半島に進出し独立戦を展開しつつあり、高句麗の東川王はこの動乱から逃げ九州に亡命した。
東川王はヒミコの後の王になったが、女王トヨに王位を譲り東へと移動。二六四年に中国地方の吉備で亡くなる。その後、東川王の一族は東征し二六六年にヤマト入りして前勢力を駆逐。