【前回の記事を読む】聖徳太子はなぜ中国に許された?「日沈む処の天子へ…」と失礼すぎる国書に、中国皇帝は「使者を殺せ」と怒ったが…
第Ⅱ章 アジア世界の亡命地 日イズル国
大陸の興亡と亡命王国ニッポン
前置きが長くなったが、和国が無くなり日本が建国される七世紀までの日本列島にやってきた王達の歴史を、忌憚なくざっと掲げてみたい。
勿論、私達が習った一系の歴史とはまるで違い、相当複雑だ。リアリティはあるが、とても同じ国の歴史とは思えず、あまりにややこしいので、飛ばして読んで頂いても構わない。
もしこれが間違っていたとしても「万世一系が正しい」という裏表の関係ではなく「では何系なのか?」という更なる深い探求心が生まれるだけだ。
古事記・日本書紀は無いものと思って、日本の歴史というより、日本列島もアジアの広大な歴史の一つだったと捉えてみる。
紀元前五世紀、中国で越に滅ぼされた呉の王が、日本列島に民と共に亡命した。
紀元前二世紀、秦の始皇帝の命令で、徐福が不老不死の霊薬を探しに日本列島に二回やってくる。
紀元前一世紀、漢の武帝が朝鮮を滅ぼした為、朝鮮半島の臨屯郡までが漢の領土となり四分の一世紀の間、海を隔てた日本の隣国が中国という状態になる。(秋田県には中国の漢の武帝の渡来伝承が残る)
朝鮮半島に南方渡来の月支国が起こる。
奈良の葛城氏(月氏系)は新羅方面へ進出し瓠公(ここう)と呼ばれる。
半島南部の勢力は漢から代わって大物主系(月氏系・休氏)が伸長した。(出雲国引き神話として伝わる)朝鮮半島の北部で高句麗が建国される。