【前回記事を読む】「俺が大工仕事をしているときに事故で死ねば、保険金が下りる。」末期がんの男は、事故に見せかけた自殺を提案するが…

三郎商店街のサブちゃん

しばらく経ち、市瀬が銭湯の浴槽を磨いていたところ、鈴木から電話が入った。行方不明だった山本が、病院に救急搬送されたという。市瀬はとるものも取り敢えず、大急ぎで病院に駆けつけた。

病室に行くと、山本の家族に加え、鈴木と「時の扉」のりえの顔も見える。

「山本の容体はどうだ?」市瀬は息を切らせながら小声で鈴木に聞いた。

「心肺停止状態だ」鈴木が唇を嚙み締めた。

「ちょっとこっちに来て」市瀬と鈴木はりえに呼ばれて廊下に出た。

「じつはね、山本さんを預かっていたのは私なの。毎晩うちの店に来ては、『このまま死んでも葬儀代がかかって家族に迷惑をかけるだけだから、家出して野垂れ死ぬ』なんて言うから、落ち着くまで『時の扉』の二階の空き部屋に住みなさいって言ったの。

隠していてごめんなさいね。そうしたら、今朝、急に容体が悪くなって、救急車を呼んで、ご家族にも連絡したってわけ」

市瀬はようやく事態が飲み込めた。そのとき、「あなた!」という麻帆の声がした。慌てて病室に駆け込むと、神妙な顔つきをした医師が「ご臨終です」と言った。市瀬は涙が溢れそうになるのをこらえ、鈴木とりえを促して病室を出た。家族水入らずの時間をつくってやりたかった。

その日の晩、市瀬と鈴木とりえは山本の自宅を訪れ、麻帆にこれまでのいきさつを説明し、「時の扉」で受け取ったお金を返した。山本が自殺を事故死に見せかけ、保険金をせしめようとしていたことを知った麻帆は、静かに泣き出した。

「あの人が財産を残せなくたって、私たちは十分幸せだったのに。最期くらいはこの家で過ごしてほしかった」

麻帆にそう言われ、三人はただうつむくしかなかった。

通夜を終え、葬儀を済ませると、遺品整理の日がやってきた。

市瀬は鈴木とともに山本の自宅に上がり、大掃除を手伝った。しばらく顔を見ていなかったサブちゃんも、いそいそと動き回っている。

「そろそろお茶にしましょう」麻帆が言った。葬儀の日に比べ、表情はだいぶ明るくなっていた。

「この前はごめんなさいね」麻帆が苦笑いした。

「あれから考えたんだけど、あの人はあの人なりに家族のことを考えてくれたのよね。それなのに、みなさんの前で『最期くらいはこの家で過ごしてほしかった』なんて言って、大人げなかったわね」

「いやいや、麻帆さんが謝ることじゃねえよ。隠しごとをしていた俺たちが悪かったんだ」

市瀬がそう言うと、鈴木も「そうだよ。悪いのはこっちだ」と、言葉を重ねた。