【前回の記事を読む】人工関節手術は成功した――だが退院後、79歳の母の腰痛が増え、レントゲン検査をしてみると……?!
〈健常者に近かった頃の母〉
5 これまでの私の人生
私は自分でも実にいろいろなことをやってきたものだと、呆れてしまうほど好き勝手に生きてきました。今では転職は当たり前の時代です。しかし、私が20代の頃はそうではなく、会社を定年まで勤めない、途中で辞める人間は人からあまりよく思われない時代でした。
大学卒業後、ゼネコンに就職。5年勤務後、ディベロッパーに転職し約10年間、土地の仕入れからマンション販売まで経験しました。仕事は楽しかったですが、その会社もバブル崩壊で東京事務所を閉めることに。会社の動向に左右される自分の人生が嫌になりました。
そしてサラリーマンのときから趣味でやっていた陶芸で、教室を開こうと思い立ったのです。それまでは趣味として陶芸をやっていました。しかし、これからはプロとして生徒さんに教えなければいけません。そこで陶芸の先生に師事し、3年間修行に励みました。
陶芸には主として器とオブジェ、2つのジャンルがあります。私は陶芸を始めたころは「オブジェは邪道」と勝手に決めつけていました。
ところが教室を始めようという段階になって自由な形のオブジェに惹かれるようになり、器への情熱をなくしてしまいました。ロクロではシンメトリーな円形の作品しか作れないからです。そこに不満を感じ出し、その気持ちがエスカレートしていくばかりでした。
しかし、器を売ることが難しいのに、ましてやオブジェを作って生活していけるわけがないのです。初めから陶芸は10年間やって、公募展に入選する等の結果を出せなければ止めようと決めていたのです。
次に福祉系の仕事であれば、社会的需要が高いことに目を付けました。その頃の母は元気であり、動機として「母の介護」があったわけではありません。
そして社会福祉士を目指し、勉強を始めたのです。認知症の方々が少人数で共同生活をするグループホームという施設があります。そこで介護の仕事をしながら勉強を続けたのでかなりハードでした。また、ここでの経験がなければ到底、母の介護はできなかったです。