「このまま何も変えなければ涼介は立て続けに両親を喪うことになる。そのせいでアイツがこれからの人生も不幸になるとは限らないが、必要以上に苦労することだけは事実だ」
「だからいっそのこと、消えようって思ったの?」
「そうだ。損得勘定で考えればそのほうが良い。アイツはオレが連れて行く。たとえエゴだと言われようともな」
「いや、いやよ。そんなのいや!」
聞き分けのない幼子のように首を左右へ振る涼子の長い髪が暴れ回る。その姿にたまらなくなった俺は涼子を力一杯抱き寄せた。華奢な体が一瞬だけ抵抗する素振りを見せたが、やがて俺の背中にしがみつくように腕が回される。服を着ていなければ爪痕が残りそうなほど強く、熱烈に、愛おしく。
「聞け、涼子。一時の感情に振り回されるのはお前の悪い癖だ。この選択が間違いでなかったと、お前はいつか必ず理解する日が来る。その時お前は何も覚えちゃいないがきっと幸せに暮らしているはずだ。
嫌なこと、悲しいことは全部忘れて前を向いて生きろ。社会や世間は残酷なほど無情だ。悲嘆に暮れて先に進めなくなったとしても待ってはくれないぞ」
「……」
涼子からの返事はない。単純に圧迫されているせいで声を出せないのかもしれないが、却って好都合だった。
「俺から言えることは、あと一つだけだ」
そう言って抱きしめる力を弱めると、涼子は力なく俺を見上げた。真っ赤に腫れ上がった目元からは止めどなく涙が溢れている。その涙を親指の腹で軽く撫で、額にかかった髪を払ってやるとくすぐったそうに目を細めた。
「生きろ」
俺の声はちゃんと届いただろうか。届いていようがいまいが忘れられてしまうのだが、心残りだけはしたくない。せめてものケジメ。そうだろ? 死神よ。
「車に……気を付けるんだぞ」
「……」
意識が遠のいてく。視界が霞み、猛烈な眠気に襲われた俺はタイムリミットを予感した。
ただ、まぁ……病に苦しむことなく、安らかにいけるのなら悪い気はしない。
ややあって鈴が震えるような声がした。涼子が「頑張る」と呟いたのだと知る頃には、俺の肉体はもうそこには――
次回更新は2月28日(土)、11時の予定です。
【イチオシ記事】「抱き締めてキスしたい」から「キスして」になった。利用者とスタッフ、受け流していると彼は後ろからそっと私の頭を撫で…