【前回の記事を読む】避難小屋のまわりに4、5頭のクマが群がる恐怖…クマを寄せつけた要因は、登山客らの軽率な“ある行動”だった…
なぜ登るのか?そこに山があるからだ
私の登山歴
台風にたたられた3日間の山小屋停滞は暑寒別岳登山の時も経験した。無人ではあるが麓の道端にしっかりと立てられた小屋であったので川の増水による洪水の心配はなかった。
ようやく豪雨が去った山道を暑寒別に広がる高層湿原にまで辿り着くと、そこには沼の原のような大洪水はおきていなかった。
そこかしこに大小の沼が点在する大湿原にはネムロコウホネなどの高山植物が咲き乱れていた。登山計画ではこの高層湿原を越えて、南暑寒別岳に登り、さらに縦走して暑寒別岳に登頂し、日本海の港町増毛に下る予定であったが、残念なことに、沼地からトンボ返りをする余裕しか残されていなかった。
高層湿原は尾瀬沼が有名であるが、北海道は尾瀬より緯度が高いので暑寒別岳の湿原は低層であっても尾瀬沼に匹敵する高層湿原の景観を目にすることができる。
まだ山頂に雪の残った春先には札幌の高層ビルから暑寒別山系が石狩湾にまで遠くに望むことができる。
尾瀬沼について歌った「夏の思い出」の歌詞が暑寒別山系を見るたびに思い浮かぶのである。この歌曲は1949年に作成されたが、戦後4年、まだ復興途次の日本の人びとに明るい希望に満ちた未来の到来を予期させ、まるで働きバチのように困苦努力した日本人に広く歌唱されたのである。