そして10月末は完成した自費出版本を渡しがてら、本社の役員室に出向き、役員の方々にも最後のご挨拶ができ、心満たされて最終日を迎えた。

退職時はたくさんの友人に祝ってもらった。さえない会社員ではあったが、長年会社勤めをやってきて定年まで全うしたことはそれなりに褒めていいことなのだとあらためて思った。

大学卒業時に就職先が決まらず、25歳の時にようやく正社員採用してもらった。30人弱で始まった小さな会社の1期生として入社し、最初の数年は親会社からの出向者である上司ととても近い濃い関係で会社員生活を送った。

1期生は社長ともよく話した。折々に皆で会社の方針について議論したり休み時間や宴会の時に家族のことを話したりして、お互いを理解し合い、社長のことを父親のように慕っていた。

社長は、社員の誕生日に、自筆のカードをプレゼントしてくださった。良い点を褒め、会社をこうしたいと思っているから頑張ってほしい、と成長を期待するアドバイスが書かれていた。私たちのことをちゃんと見てくださっていると感激し信頼していた。

社長の還暦は、有志で温泉旅館に宿泊してお祝いした。海外を含め遠方からも元上司がいらっしゃり、懐かしいメンバー十数人でかけがえのない時を過ごした。

社長を退任された後しばらく会長でいらしたが、その後は関東に戻りご家族と過ごされた。奥さまが先立たれた後は、野菜作りをしたり料理したりしながら元気にしていると毎年年賀状をくださった。特徴ある字で。

ときどき関東で開催されている会社の同窓会に行って、社長に何度かお目にかかった。2016年は会社創立30周年を機に福岡のホテルで143人が集まるパーティーをやった。それがお会いした最後。

2023年8月、90歳で旅立たれた。私たちにとっては永遠の存在だったので、いらっしゃらなくなることが信じられなかった。あらためて、この社長の下で仕事させてもらえたことに感謝した。

家庭的な雰囲気の会社だった。新入社員歓迎、夏季繁忙期慰労、クリスマスなど全部署対象のパーティーが年に何度かあった。上司と部下とで仕事帰りに食事したり、休日に一緒に遊んだり、1泊旅行に行ったりした。部署は違っていても皆の心は一つだった。

入社後数年は上司と部下がそんな密な関係だったが、親会社からの出向者が入れ替わり、会社の規模が大きくなるとそうはいかなくなった。時折、入社当時の家族のような関係が懐かしくなることもあった。

会社が無名だった時代、大きくなっていつか認められる会社にするぞと思っていた。年々事業は拡大していたので成長する会社だとは思っていたが、やがて当初の10倍以上の社員を抱えるようになり、私が退職するころには社員数はもっと多くなっていた。

 

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