強がり言っても寂しい

柳本さんは、鳥取の境港というところで生まれました。父親は毎日酒を飲んで漁がある時だけ働きに出ます。子供は妹が二人、弟が一人です。長女が柳本さんです。

母親は父親の働きだけでは暮らしていけないので、漁師相手のスナックで夜遅くまで働いていました。中学卒業して同級生が高校へ進学するのに、柳本さんの家は貧しく学費が払えないため、大阪貝塚の紡績工場へ働きに行く事になりました。

卒業式が終わると、柳本さんは同級生に気づかれないようにそっと大阪へ出発しました。大阪で働きながら定時制高校も卒業しました。

しかしその時付き合っていた男に給料のほとんどを取り上げられ、暴力も受けていたので、柳本さんは生きる気力を失い、南海電車のホームから身を投げ自殺しようとしました。

柳本さんの異様な様子を見ていた奈良のお坊さんが、事情を尋ねようと声をかけてくれました。柳本さんは、「身も心も疲れ果ててしまって、このまま生きていても仕方がないので電車に身投げをしようとした」とお坊さんに伝えました。

お坊さんは「人生にはいろいろな事がある。仏様は人様の命を奪う事も自分の命を奪う事も許されません。死ねばあの世で苦しむだけです」と話し、柳本さんを奈良まで連れていき、知り合いの有名な旅館の主人に預けました。 

柳本さんはその旅館に住み込み、65歳になるまで働き続けました。結婚しなかったため今は一人暮らしです。コーヒーが好きで毎日10杯ほど飲んでいました。そのため胃を荒らし、胃潰瘍になった事が縁でタカシ先生に出会いました。

「先生、私小さい時からずっと貧しくて家庭の愛情もなく、男にも騙されてしまったわ。今は年金も少ししかなくて、古い壊れかけのアパートに一人で暮らしているの。女の一人暮らしとバカにされたくないから強がって生きてきたけど、さすがにこの頃とても寂しいの」

「柳本さん、僕の知り合いの看護師が小規模多機能施設の責任者をしているんだ。服部っていうんだけど利用者さんに絶大の人気があるんだよ。一度彼女に相談したらどう。会ったら元気が出るよ」

服部と会って彼女の人柄に魅かれた柳本さんは、自分のつらい過去を話しているうちに心が軽くなり、そのまま施設のデイサービスを利用するようになりました。柳本さんは少しずつ笑顔が見られるようになってきましたが、まだ施設に慣れるまでには時間がかかりそうです。

孤独は病気を悪化させます。医者の診察を受けたり、リハビリをしたりゲームで遊んだりする事より、人と一緒に楽しく話し、笑ったり泣いたりするほうが健康にはずっと良いのです。

試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

👉『それでもこの仕事が好き』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】彼は私をベッドに押し倒し、「いいんだよね?」と聞いた。頷くと、次のキスはもう少し深く求められ…

【注目記事】「若くて綺麗なうちに死んだら、あなたの永遠の女性になれるかしら?」「冗談じゃない」彼は抱き寄せてキスし、耳元に囁いた