旦那の転勤で、チューリヒからジュネーブへ家族で引っ越すことになった際、私はチューリヒの米系銀行に勤めていましたが、退職して、家族でフランス語圏のジュネーブへ移動しました。
スイスに来たばかりの頃は日系企業に勤めていましたが、バブル崩壊後、チューリヒの日系海外拠点は急速に減少し、かつて60行もあったのが次々と撤退して最後は2、3行になってしまった時期で、私は2度も日系銀行で職を失う経験をしました。
スイスでのバタバタしていた育児と仕事の両立の日々
海外で結婚して、夫以外は誰も知らないスイスで子育てと仕事に専念し、20年の歳月が経ちました。そのうちの15年間は、現地の銀行等の会社で働き、育児をしながらサラリーマン生活をして、忙しい日々を送っていました。
当時、子どもを毎朝、バスで近くのベビーシッターさんに預け、夕方引き取りに行くという生活で、家事と育児に無我夢中の生活が続いていました。
私が8年近くお世話になった現地のシッターさんは、ドロテという当時40代後半のスイス人でした。シッター協会に連絡すると、家から最も近い方を紹介してくれました。この方は自分の娘2人を除いて、私の娘も含め、5人ほど家で預かっていました。
町のシッター協会には、当時100人ほど、地元に住む女性が登録されていました。
協会では半年ごとにコーディネーターが訪問し、シッターさんと私で三者面談を行い、サービスに問題がないか確認するシステムがありました。これは良い取り組みでした。ただ、彼女が水曜日は休みで対応できなかったため、2人のシッターさんに依頼することになりました。
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