「ここにあった利長公のお城は、キリシタン大名の高山右近の設計だと聞いています。大手口に顕彰碑と銅像が立っています。こういう施設はコンクリートで固めてしまったところが多いですが、ここはお堀や石垣が当時のままの姿で残されています。そんなのは、全国にもあまりないそうです」

と、彼はにこりともせずに言った。

「よくご存じなのですね。そうですか、それは楽しみです」

彼は私の言葉には反応せず、ずっと遠くを見詰めていた。私が車を降りてお礼を言おうとすると、ようやく彼が口を開いた。

「中山さん、五分ほどよいですか」

「ああ、よいですよ。まだまだ日も高いですし、のんびりペースで十分です」

と私は答えて、再び助手席に腰を下ろした。

しばらく彼は、両手でハンドルを握ったまま前の景色を見詰めていたが、ゆっくりこちらに向き直って口を開いた。

「私は話し相手を探していたことに気づきました。あのそば屋でご馳走になった日のことです」

「はい……」

(だからあのとき、急に顔つきや目つきが変わったのか)

「実は私は、自分のこれまでの人生をようやく最近振り返るようになりました。それまで自分を客観的に見てどうだったのかなどと、まったく考えたことがなかったのです。ようやくこの年になって気づいたというか、何というか」

彼は一息ついて続けた。

「そして、すっかり自分という人間が嫌になりました。何で自分のような人間が生きているのか。何のために生きてきたのか、まったくわからなくなりました。自己肯定感ゼロです、今は」

彼の肩はすっかり落ちて、上半身がハンドルにもたれかかるようになっていた。そして、さらに彼の顔は厳しく、目は暗いものになっていった。

「本当に思い付きですが、もし誰かにお話を聞いていただけたら、いや、中山さんに聞いていただけたら、自分を取り戻せるかもしれないという気がしまして。突然ですが、もし、ご迷惑でなければ、なのですが」

「そうですか」

意外な展開に驚きはしたが、私が誘った瞬間、顔が曇ったわけも、出会って以降のあの顔つきや厳しく暗い目の理由もわかったような気がした。

そして、私は思わぬことを言った彼が嫌いにはならなかった。しかしその時は、彼の思わぬ言葉にまとまった返答をすることはできなかった。

 

👉『黒い渦 日の光』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】「抱き締めてキスしたい」から「キスして」になった。利用者とスタッフ、受け流していると彼は後ろからそっと私の頭を撫で…

【注目記事】ネットで会った人とすぐにホテルへ。唇を重ねた瞬間、粒状の何かが口に入ってきて、咄嗟に顔を離すと…