【前回の記事を読む】会えるかな、なんてかすかな期待をもってやってくるなんて、年頃の娘みたいじゃないか、爺さんのくせに

第二章 邂逅

二.三月三十日(土)

「歴史関係の小説が多いのですね」

「実は、ほとんどがこれから読むものなのですよ。ゆっくり読書できるようになったのは、こちらに移ってからなのです。向こうでは読みたくてもなかなか時間が取れませんでした。それでも時間があるときは古書店に行き、いつか読もうと思って買い込んでいたのです」

「そうだったのですか」

彼は畳に膝をついて身体をかがめながら、本を一冊ずつ手に取って熱心に見詰めていた。余程の本好きだなと思ったが、その瞬間、ぐうーと彼のお腹が鳴るのが聞こえた。

「す、すみません。朝から何も食べていなかったのです。お恥ずかしい」

「いえいえ。そう言えばもうお昼も近いですし、一緒に何か食べに行きませんか。二度も送っていただいたお礼もしたいし、私にぜひおごらせてください」

そのとき、彼の顔つきが、暗く曇ったのがわかった。

(これはまずいことを言ったかな)

と私は思ったが、ひと呼吸置いて彼が答えた。

「では、私が近くのそば屋にお連れしましょう。三十年以上続いている地元の店です。そばでも丼物でも、何でもいろいろ食べられます」

「それは良いですねー。ではそこにしましょう」

私は彼の言葉を聞いて、密かにほっと胸をなでおろした。

そば屋は本当に家のすぐ近くだった。車で出発して、二つ信号を越えて、ものの三分で着いた。

「実を言うと、私がこの店に入るのは三十年ぶりなんです」

と、彼が言うこの古いそば屋は、昭和を感じさせる店構えであった。暖簾をくぐって中に入ると、テーブルや椅子は年季の入った味のある飴色になっていた。また什器や調度類は清潔で手入れが行き届いており、厨房に立つ店主のこだわりや腕の良さを物語っていた。

「おいしいと思います。この街の人なら誰もが知っている店ですよ」

ちょうどお昼時ということもあって、確かにほとんどの席が埋まっていた。

私は天ぷらそばを頼んだが、彼が言う通りとてもおいしかった。関東育ちの私には食べ慣れない関西風の出汁であったが、あっさりとして味わい深かった。