「大村さん、おいしいですよ。ここなら歩いたってすぐに来られます。常連になりそうですよ、私は」

「そうですか、良かったですね」

彼の顔は相変わらずで、目も厳しいままだった。私はさっき彼の顔が曇った瞬間のことを思い出し、この人はきっと心に何かを抱えているのだろうと思った。

「大村さんは、どんなお仕事をされているのですか」

「はあ、私は製造業の中小企業に勤めています。現場ではありませんけど」

「管理職なのですね」

「はい、専務をしています」

見ると、彼はすでに食べ終わっていた。そして入り口の引き戸越しに、通りを行き交う車をじっと見つめていた。

「もう長くお勤めなのですね」

と私が言うと、彼はまた厳しい眼差しをこちらに向けて、

「いいえ、それほどでもないですよ。中山さんは東京ではどんなお仕事をされていたのですか」

と言った。

「医者だったのです」

「開業医さんですか」

「いいえ、千床ほどの病院で勤務医をしておりました。消化器外科です」

そのとき、彼の目が輝いたように見え、それまでの厳しい表情が一転して柔らかく明るくなっていた。

「どうぞ、気にせずゆっくりお召し上がりください」

と言って彼は、湯呑を手に取ってお茶をすすり始めた。しかし、目には光をたたえたまま、じっと私を見ていた。

「どうされました」

「い、いいえ、何でもありません」

そう言って彼は目を伏せた。

(どうしたのだろう。まあ、いずれわかるだろう)

その後また彼に送られて家に戻ってきた。

別れ際も、彼の顔つきは柔らかく明るいままだった。

(すぐそばだという彼の家の場所を聞いておけばよかった)

私は、何か暗い影のある、あの大村という男への興味が、また少し深まったような気がした。

彼は本を読むしかすることがないと言った。また、彼が山積みの本を見詰めるときの顔と、それとは対照的な、私が外での食事に誘った瞬間の彼の顔。それに、なぜ急にあのような明るい顔になって、私を見詰めていたのだろう。彼はいったいどんな人なのだろう。

私はこの日、彼の言葉やさまざまに変化した彼の表情を思い出しながら、また彼に会えるだろうかと考えていた。

 

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