でもそれからは、母のトラウマから解き放たれた私がいるよう思います。何も怖くなくなったように思います。自分の人生は自分で決めるのがいいのだということを実感したのです。

私は絵を描くことが、大好きです。今は、その楽しさを子供たちと共有したいと思っている私がいるのです。絵を通して、世界中の子供たちを幸せにしたいと思っているのです。

私の信念は、「絵を通して世界中の人々を幸せにします」です。少々大げさですけれど。この目標に向かって頑張っています。

「アート」は、世界共通のツールです。私は、これまで、様々な国の子供たちのアート表現に触れる機会を持ってきました。アメリカの子供たちと一緒に絵を描いたことも、タイの子供たちと一緒に絵を描いたひと時も、すべて楽しい体験、面白いワクワク感がありました。

そんな時、子供たちは世界共通です。みんな、「何がはじまるの?」と目をキラキラさせて見ています。「やっていい? これ何? どうするんだろう?」日本の子供たちも、アメリカもタイの子たちも、そして私も一緒に絵を描くことを、面白いと感じているのです。

私も子供たちもみんな同じ目線にいます。国籍も関係ありません。言葉の違いも全く気になりません。真っ白い紙に線を引く、点を描く。「アート」には、小さな決断が溢れています。それがワクワクです。その一歩が「アート」のはじまり! 創造のはじまりです。

その中で、自分で行動してはじめる子供たちは、どこにいてもどこの国籍を持っていても、同じように、自分から「描きたい!」とはじめます。言葉の壁はありません。

しかし、実際に教育現場で子供たちと接していると、指示を待つ子供たちが、沢山います。

「描いていい? してもいい?」こんな風に尋ねます。または、目で指示を待っています。それは、そのように仕向けている大人がいるからです。先生のうなずきを待ってます。それは、これも国籍を超えて、指示しなくては、絵を描かせられないと考える大人が世界共通に存在するということです。

大人は知らないのです。子供は一人で絵が描けるのです!

 

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