5 その他の不合理

1 長すぎる信長の奮戦

信長の家臣だった太田牛一が書いた『信長公記』によると、本能寺で信長は賊に襲撃されると最初は弓で戦い、すべての弓の弦が切れると長槍で戦ったと伝えられている。

光秀の隊は1万3千人で、そのうちの2千名を本能寺に向かわせ、自身は鳥羽に控えたと伝えられる。一方、信長の兵は数十人だ。果たして信長がそんなに戦うことができるだろうか。

本能寺を襲撃した賊が2千人であれば信長の兵は一人で数人あるいは十数人と戦わなければならず、数分のうちに賊に討ち取られるだろう。そうすれば、信長が何本も弓を引く時間はなく、ましてやその後長槍で戦う時間など到底あり得ない話だ。

また、その後、単独で奥の間に入り、外周に畳を立てかけて自刃したと伝えられているが、そんなことがあり得るだろうか。信長が槍で傷を負って奥の間に入ったのであれば、賊は信長の面前にいたはずだ。そうであれば信長が奥の間に入るやいなや、賊も続けてその部屋に押し入るはずで、信長が畳を立てかけたり切腹する余裕などないはずだ。

つまり、信長がこれだけ長い時間奮戦できたということは、賊が2千人などの大人数ではないことを示している。信長がこれほど長く戦ったり、その後奥の間に入って畳を立てかけることができたのであれば、賊はせいぜい守る側の3倍から4倍くらいであったはずだ。

このことは本能寺を襲撃した賊が光秀の家臣の斎藤利三たち2千名ではないことを裏づけている。

 

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