【前回の記事を読む】「最期は本名で死を迎えたい」連続爆破事件を起こし、50年以上も逃亡してきた男は、“偽名”で「自分」を隠し続けていた。

第二章 これが老いなのか、誰もが迎える不確かな世界

自分であって自分でない 追稿

長い逃亡生活では彼は「内田洋」を名乗って身分証も保険証も持てなかった。地に足をつけていない人生だったのだろう。その間に彼が通った飲み屋で知り合った女性に好意を打ち明けられても「あなたを幸せにすることはできない」と断ったという。なんと「借りもの」の人生が切ない、辛い、哀しいものだったか私は目頭が熱くなった。

しかし彼の五十年の逃亡期間に時代は大きく、急速に変わった。命をかけて戦う相手がいない、この時代の変化を彼はどう受けとめてきたのだろう。

しかしこの時代の激しい変化は当然私の生きた人生でもある。桐島聡にしてみれば私の比ではない。自分が命を懸けて闘ったものはなくなり、人々の記憶からも忘れ去られたこの時代をどう生きてきたのだろう。

死を目前にした時、長い「自分でない」時を断ち切って最後に「自分」を取り戻して死んでいきたかったのだろう。それは自分の生きた証しなのだから。

ホーム小話5 通訳がいなくちゃならない?

最近綾野さんが「ねえ、あれ、あれ、そう丸いの」が多くなった。両の手で丸を作って「あれ、なんて言ったかしら?」「ああ、豆大福」「そう、豆大福だったわ」(彼女はあんこものが好きになったと言うのを思い出したからだ)

「あの」と今度は両の手で長四角を作ってみせる。「ビールのおつまみにはとってもおいしいのよ」「ああ、焼きのり?」「そう、焼きのり」

まあ、こんなところだ。そして言った。

「通訳がいてくれるから通じるけど、やんなっちゃうわ」

「大丈夫、今のところは通訳している私も、あれ、それになったら二人であれ、そうあれよ、それそれとやりましょう。けっこうあれそれでちゃんと伝わって会話できるんだから。老人ホームで話している限りは安心よ」

「そうね、通じるんですものね」

何が安心なのか当の私にもわかったような、わからないような……。