それはギリシャ哲学からドイツに受け継がれ、カント、フィヒテ、シェリング、ヘーゲル、フォイエルバッハというドイツ哲学の土台の流れの上に立ったマルクス、エンゲルスの思想ゆえに説得力を持って私に迫ってきていたのでしたが、当時の私はそこまで見極めることが出来ませんでした。

ただ、マルクス、エンゲルスの思想いわゆる「マルクス主義」こそが、次の来るべき世界の解答であると思い込んでいました。マルクスが説く社会主義あるいは共産主義が明るく希望のあるもののように思えたのでした。

それゆえに現実の日本社会、いわゆる資本主義社会はすべて駄目で、革命なしに社会は良くならないという単純な考えが私の頭を占めていったのです。当時は東大教授になった廣松 渉氏のマルクス主義哲学が華々しく登場してマルクスよりもエンゲルスの再評価がなされていた頃でした。

しかしながら現実のマルクス主義運動の状況を見るにつけ、知るにつけ大いなる疑問が湧いて出てきたのです。それは政治セクト間における、当時は「内ゲバ」と呼ばれた内部闘争を実見したりしたためでした。あるいは表面的には「革命や人民のため」というきれいごとの言辞の裏に、倫理性に欠けた数々の行動を目の当たりにしたためでもありました。

当時のマスコミはいわゆる左翼的思想の影響が強く(今も実はそうですが)マルクスの理論の現実化であったレーニンのロシア革命では何千万人もの虐殺が行われたことや毛沢東の共産革命においても何千万人もの殺戮が行われた事実、さらにはポル・ポト政権の共産革命においても推計150万もの民衆が殺戮された現実などは、一切が伏せられていました。

マルクス主義の表面的・理想的な明るい面のみが広げられていたのでした。しかし当時においても様々なところからマルクス主義の限界、綻びが見えてきてはいたのです。

 

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