【前回の記事を読む】「自分は何者か?」「どう生きるべきか?」と疑問をもつ生物は人間だけ。哲学や仏性とも言える内なる声…「求道心」
第一章 求道とは何か
「求道」の発見
そんな中、私にとって決定的な出来事が起きたのです。それは反戦あるいは革命を唱えているセクトに対して台湾のある留学生グループが「あなたたちが唱えるアジア革命とかの発想は戦前の日本人の発想と同じだ。あなたたちは自分自身を何も知らない」という批判でした。
考えてみると私は日本人でありながら日本のこと、日本文化のことは確かに何も知らないと思ったのです。学校で国語や社会科は習ってはきましたが、日本文化そのものは何も知らなかったのです。私が学んだマルクス主義も謂わば西洋の思想であり、考え方であったことに気づきました。
図書館に行ってみますと東洋文化・日本文化の棚には膨大な書物が並んでいました。その前に佇みながら私は然呆(ぼうぜん)としました。私は改めて何も知らないなと思ったのです。
日本人でありながら日本のことは何も知らないのだと。そして思考的な苦闘の末に、今後の自分の生き方の方針を決めたのです。それは「日本的なるものと東洋的なるものを正当に評価批判せよ」ということでした。
当時はともかく「日本」ないし「日本的なもの」に対しての無意識的な反発が強く批判的立場で接していました。今でいえば「反日」というポジションでしょうか。しかし嫌うにせよ批判するにせよ、ともかく知らなくては論外だと考えたのです。