一度だけの人生。やり直しのできない人生。だからこそ、夢のある人生を精一杯生きてみたい。時は瞬く間に巡り、一郎は間もなく義務教育の九年間を終えようとしていた。

中学も卒業が近くなるにつれ、生徒達は将来の進むべき進路を決定しなくてはならない極めて重要な時期に入る。進学する組、就職する組、家業を受け継ぐ組など、それぞれの進むべき道に向かって行動するようになる。

当然一郎は、家業を継がなくてはならない身。だが、一郎には、子供の頃から大切に育てて来た一つの夢があった。

幼い頃から着古した野良着に身を包み、汗まみれになって働く母フジの姿を見て育って来た一郎。この谷川の家に嫁いで数十年、まるで牛馬の如く、毎日働きづめの母。

余りにも惨めなその姿を見るにつけ、身も心も凍る思いで過ごして来た。この悲しい現実から、何とか母を解放してあげたい。それが少年時代からの一郎の夢であった。それにはどうしたら良いのか、長い間考えて来たが、子供の一郎には考えつく事はできなかった。

ところが半年ほど前に、本屋で農業雑誌に目を通す機会があり、収入の安定を図るには高等園芸が有効だという記事が載っていたのを思い出した。

それを覚えていた一郎は、「よし、これだ」と思った。以前、家庭科の先生からアドバイスをもらった新しい農業経営にも合致する。

この高等園芸を経営の柱にして、農業の近代化を図る。そこに母を救う道があるはずだと考えた一郎は、わずかなこづかい銭を叩いて農業雑誌を買い漁った。

この町の農家は、米、麦を主体とした昔と変わらない姿の経営が大半を占めていたが、何軒か先進的な農家がある事を知った。

その家は、野菜の促成栽培などを行っていた。ある時一郎は、その農家で見学させてもらう機会を得た。県立の農場で教育を受けたという若き経営者の話を聞いて、一郎はますます園芸の世界に興味を持ち、谷川家の農家としての未来を夢見るようになっていった。

耕作面積などあらゆる角度から検討して、それが我が家の農家としての規模にも最適と考えたからである。それに、隣に東京という大きな消費地を控えているという事は、園芸農家にとって極めて魅力的という事になる。

こうして高等園芸の分野に望みをかけた一郎は、農業高校に進学して、基礎技術を学びたいと考えていた。農業の近代化を図って行こう。長男の一郎がそんな夢を描いているなどとは、露ほども知らない父親の芳正。子供の頃から将来の夢など語り合ったこともない父と子であった。

 

👉『山並みの彼方へ』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】「やっぱり大きかったわ」着物を巻き付けただけの姿で、背中に身体を預けてきて…耳元で囁いた。

【注目記事】アパートを追い出され行くあてのない私…置いてもらう条件は婚約者の振り?!…のはずなのに抱きしめられキスを…