【前回記事を読む】仲良しの同級生が水遊びで心臓麻痺を起こして死んだ――突然の訃報に子供達は声を上げて泣いた

序章 谷川一郎の故郷

聖天様と熊谷地方の暮らし

熊谷地方の狂おしいほどの猛暑もようやく終わりを告げて、大利根の河原の一面にススキの穂が顔を出す季節。聖天山では、恒例の秋祭りが開催される。参道には大勢の参拝客が並び、竹で編んだかごや桶、瀬戸物、包丁、鋏、金魚、タコ焼き、焼きそば、植木に至るまで、ありとあらゆる出店が並ぶ。

それを目当てに近郷から大勢の人々もやって来て、それは大層な賑わいである。大勢の客で賑わう出店の前は人垣ができて、参道は混み合い、参拝するのもひと苦労。こうして大盛況の祭りも、つるべ落としの秋の日が真っ赤な夕日となって西の空に沈み出すと、参拝に訪れた人も一人、二人と家路をたどり、さすがの大群衆もいつの間にか消え去って、祭りは終了に向かう。

聖天様の秋の祭りが終わると、近在の農村では申し合わせたように稲の取り入れが始まる。田圃の中では、豊かに実った黄金色の稲穂を次々に刈り取ってゆく人、その稲束を運ぶ人など、農民達が目まぐるしく働く。

そんな田圃の畔道を、近くの年寄りや女子供達が手ぬぐいを縫い合わせて作った袋を下げて、イナゴ取りに熱中している。袋の中に取ったイナゴを入れて家に持ち帰り、羽をむしり、熱湯をかけてから甘辛く煮つける。カルシウムの補給には欠かせない栄養源だ。

その頃になると、学校に持ってゆく弁当にもイナゴの煮つけが入っている事もあり、子供達にとってはなじみの深い食べ物であった。