麻利衣はキッチンのシンクの水垢を洗剤をつけたスポンジで懸命に落としていた。以前壊れた眼鏡のレンズは既に新しいものに取り換えられていた。

「そこが終わったら、次はエアコンの掃除を頼む」

白いピラミッドの中でヨガウェアを着てパリヴルッタトリコナーサナ(ねじった三角)のポーズをしている賽子が言った。

「エアコン掃除……自分の部屋のだって長いことしてないのに、何であんたの部屋のエアコンを掃除しないといけないのよ」

麻利衣は小声で愚痴りながら怒りに任せてスポンジに体重をかけてシンクをぐいぐいと擦った。

「30万の給料を支払うんだから不平を言うんじゃない。私の前では小声だろうと心の中で思っただけだろうと全て筒抜けだぞ」

「それは超能力じゃなくてただの地獄耳だろっつの」

脚立に乗ってエアコンの掃除をしていると賽子が足元にやってきて言った。

「喉が渇いたからそれが終わったら銀河シェイクを買ってきてくれ」

「銀河シェイク? お金持ちなんだからデリバリーで注文したらどうですか?」

「何のためにおまえに給料を支払うんだ? おまえが配達すればそれだけ安く済むだろうが」

「超能力者のくせにそういうところはけち臭いんですね。いっそのこと、掃除も配達も超能力でやればいいじゃないですか」

「私の力はそんな些末なことのためにあるのではない。近所に買い物に行くのに自家用ジェット機を飛ばす馬鹿がどこにいる」

「分かりましたよ。行けばいいんでしょ、行けば」

麻利衣は脚立を降りるとプンプンしながらゴム手袋、三角巾、エプロンを脱いでマンションを出た。

しばらく歩くと賽子の御用達だという赤レンガ造りの「ガラクシア」というカフェに辿り着き、カウンターで画面上のAIに銀河シェイクを注文していると、後ろから声をかけられた。

「麻利衣」

「千晶!」

「麻利衣もここが気に入ってたの? 美味しいよね、銀河シェイク」

「あ、いや、私は飲んだことないんだけどね」