病室でも、テレビをしっかりと見るようになった。体を動かすのでお腹が空くのか、チョコや苺を持っていくと一口で食べる。透の体に、生きる喜びを求める気持ちが戻ってきたのだ。
どんどん良くなる、という希望が見え、まさ子も病院通いが楽しくなってきた。
「奥井さん、透、本当にいろいろできるようになりました。ありがとうございます! 立つ練習は、いつからやるんですか?」
うれしさのあまり、まさ子がそう口にすると、奥井の顔から笑顔が消えた。
「お母さん。あまり期待しすぎないでください」
「え?」
「透さんは、本当に頑張っています。でも、リハビリとは、生活の質を少しでも上げていくための機能回復訓練です。今ある力、潜在的なものを含め、それを引き出すことはできますが、一〇〇%、事故の前の体に戻す、というものではないんです」
まさ子は冷水を浴びせられたように感じた。
「厳しいことを言うようですが、期待が大きすぎると、失望や焦りを生み出す。僕はそれは本人にとってもマイナスだと思うんです。まだ自呼吸の訓練も始まっていません。透さんが楽しく毎日を過ごし、その毎日が一歩ずつ前進するような毎日であること、それがとても大切だと思うんです。生意気なこと言ってすみません」
奥井は頭を下げた。
「いいえ、奥井さんの言う通りだわ。私、最近あまりにいろいろ順調なので、浮かれてしまっていたの。そうね。透を焦らせてしまうようなことは、言わないようにします。皆さんを信じていますので、どうぞよろしくお願いします」
今度は、まさ子が頭を下げる番だった。
次回更新は1月15日(木)、14時の予定です。
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