気がつくと、まさ子は泣いていた。
「お母さん、何かご心配なことがありますか?」
両の目から、とめどなく涙が流れた。それは、悲しい涙ではない。
「……透は、家に帰れるんですか?」
広澤は静かにうなずいた。
「きっと帰れます。大丈夫。でも、お母さんも焦らない。少しずつ。大丈夫ですから」
この訓練室は、まさ子にとっても心のリハビリの場所となった。
「透、聞いた? 頑張ろう。お家に帰ろうね」
透の目に、「意志」が見えた。入院以来、見たことのない光だった。
***
「今日はここまで頑張りましょう」
「あと五回、頑張ろう」
「明日はこれをやりますからね」
訓練室での、日々の小さな目標が、透を「入院患者」から「生活者」へと変えていた。訓練室で自分ができる最高点まで挑戦し、体を使って病室に帰ってくると、心地よい疲労があるようで、生活にメリハリができた。
訓練室はいつも笑いに満ち、言葉が喋れなくても体が動かなくても反応がなくても、PTたちは必ず話しかけ、笑いかけてくれる。
半年も経つと、透は支えられながらも座位を維持できるようになった。すると、透は俄然意欲的になった。ベッドに寝ている間は全てが横向きにしか見えていなかったものが縦に変わったことで、「日常」の感覚を一つ取り戻したのかもしれない。