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「おばさん」
透の手を握ったまま眠ってしまったまさ子に声をかけたのは、透の幼なじみの荒井健二だった。六人部屋に移ってから、最初の土曜日だった。
「健ちゃん、来てくれたの?」
「おじさんから聞いた。大変なことに巻き込まれちゃったね」
健二は、眠り続ける透の顔を覗き込み、笑って話しかける。
「おい、透! 寝てんじゃねーよ。早く起きて、一緒にチャリ飛ばそうぜ」
まさ子は丸椅子を勧める。健二は軽く会釈して座った。
「この前、バッタリ会ったばっかりだったんスよ。五月くらいかな。浪人生活満喫ー、とか言ってて。オレ、高校卒業してから親父の会社手伝い始めたでしょ? その頃、目が回るほど忙しかったから、うらやましいなって言ったんだけどね……」
健二は、透と小中学校の同級生で、いつも一緒に遊んでいた。小さな建設会社を経営する父親は豪放磊落(らいらく)で、「うちで遊んでいけ」「うちでメシ食っていけ」と透を親戚の子のようにして可愛がってくれたものだ。
「透はオレと違って天才君だったから、いい高校行った時点でもう縁が切れるかと思ったのに、全然前と変わらずにオレとつるんで。高一の夏休み、川までチャリで行って川遊びして……。あ、これ、おばさんには内緒って言ってたかな。心配するからって」
健二はわざと明るく振る舞う。まさ子はその優しさに感謝し微笑んだ。久しぶりに、口角の筋肉を上にあげたので、その笑みはこわばってしまったかもしれない。泣いてはいけないと思いつつ、涙が滲むのを止めることはできなかった。
「大丈夫だよ、おばさん。透は絶対目を醒ますよ」
健二はまさ子の方に向き直って立ち上がり、励ました。彼の白いシャツが目の前にある。壁のようだ。いたずらっ子の小学生は、百八十センチはあろうかという逞しい成人になっていた。
「ありがとう、健ちゃん」