案じていたよりも簡単に、そして朋が一言も話す必要もなく終わったので、ほっとした。 翌日、樹幹女学園を訪ねた。樹幹はシズちゃんがお父さんと一緒に何回か来たことがあるというので、昨日より少し気安(きやす)かった。案内された応接室で待っていると、やがて顧問の鈴木(すずき)先生が入ってきた。先生は、お多福のお面そっくりに下ぶくれで、常に笑っているような三日月形の目が細い。
「県立女学校から遠いところをご苦労さまでした。今日はなんのご用事ですか?」
おだやかな問いかけに応じて、シズちゃんが昨日と同じに用件を伝える。
「県立女学校は今年も演奏会をなさるのですか?」
「はい」
「このご時世にですか?」
「はい」
「まあ、兵隊さんが戦地でご苦労をなさっているのに、のんきに音楽会だなんて。浮かれていていい時期ではありませんよ」
「演奏会が浮かれることになるとは思いませんが」
「音楽は心を楽しませるためにやるものでしょ。楽しくなければ音楽をやる意味がありませんものね。心を楽しくさせるというのは、心を浮き立たせるもので、結局は浮かれるということではないですか」
細い目の中が笑っていなかった。
「はぁ。では、樹幹は今年は演奏会をなさらないのですか?」
「いたしませんよ。お国のために、もっとやるべきことがありますから」
「はぁ」
「それで、曲は何をやるのですか?」
「例年通り唱歌と童謡と井上武士(いのうえたけし)などの合唱曲です」
「軍歌は何を歌うのですか?」