【前回記事を読む】西洋美術史において、なぜヌードは「神話画」ばかりなのか? そこには人体を描きたい画家と「宗教的背景」が隠されていた。

第四話 軍医たちの活躍
―戦場で外科医の地位が上がった―

世界史イコール戦争の歴史?

激しい戦闘では戦死者や負傷者が続出することが避けられません。

軍隊では、戦死者を弔う僧侶とともに軍医の存在が必要です。古代ローマ帝国でも、軍団には軍医と包帯兵(衛生兵)の定員があったことが記録されています。

司令官となる王侯は、それぞれの侍医にお供をさせたでしょうが、そうした「身分のある医師」の責務はもっぱら主君の健康管理に限られていて、実際に戦闘に加わった兵士たちの創傷の手当、具体的には傷の止血、刀傷の縫合、体内に残った矢尻の摘出といった汚れ仕事は兵卒身分の「衛生兵=床屋医者」たちの仕事でした。

これはわが国の戦国時代でも同様で、足利義尚は竹田法印、武田信玄は板坂法印、豊臣秀吉は施薬院全宗といった御抱(おかかえ)医師を伴って出陣していますが、そうした高名な医師たちが自ら兵士の戦傷の手当をしたとは考えられません。

この時代に刀や槍、矢などによる傷の治療を担当したのは「金創医(きんそうい)」と呼ばれる職人層の人たちでした。

とはいえ、ときには指揮官クラスの貴族や上級の騎士(武士)でも戦傷を負うことがあったはずです。

ルネサンス以降に鉄砲や大砲などが登場する時代になると、その頻度は高くなってきたことでしょう。

戦乱が続く時代にあっては、経験を積む中で戦傷の手当に習熟し、優れた腕前を発揮するようになってきた「床屋医者」や「金創医」への評価は、徐々にではあっても着実に高まっていくことになります。