私は若い頃とても浅はかで、自分の親が難病にかかるなんて、考えてみたこともありませんでした。

周りに介護を経験した人もいなかったので、医療と介護にこんなにお金がかかることも、まったく知らなかったのです。

家族がみんな若くて元気ならば、お金で買えないものはないと思っていました。若い頃の私の理想は、実家の近くにマンションを契約して自分の家庭をしっかり築いてから、2世帯用の新築住宅をローンを組んで家を建てることでした。夫婦が元気で働いていて、両親の年金と合わせれば、なんとか生活していけるという甘い心積もりだったのです。

今、母の老人ホームの費用に使っているお金は、私たち家族の新築住宅に充てるはずのお金でした。

母は私のことを忘れることもあるのに、時々、思い出したように「お金は? お金はどうするの?」と私に尋ねます。

「お金は払っているからね、安心してここに居られるからね」と答えます。

ただひとつ私が嬉しかったのは、母を預かってくれている老人ホームが、私が新築を夢見ていた工務店で建てられた建物だということでしょうか。

結婚した当初から毎月僅かばかりですが貯蓄をして、だんだんとマイホームの頭金に近づいていくと、通帳を眺めては、新しい家に夢を馳せていた私の顔を、夫はよく憶えているそうです。

人間、長く生きていると、どんなことが起こるかわかりません。自分で描いた未来予想図をそのまま実現するのは、不可能に近いです。

だからこそ、今ある幸せをしっかりと噛み締めたいと思います。

幸せは未来ではなく、今の日常から見つけ出すもの。

試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

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