母のことを守れるのは子どもである私だけ

それは2001年の、やっと桜の花が咲いた時期でした。

いつものように買い物に行き、私は家路に就きました。門を入り玄関を開けると、家の空気がいつもと違いました。言葉に言い表せない、ただ何とも言えない嫌な予感がしたのです。

一目散に母が寝ている部屋へ行きました。

カーペットに、かなり大きな血溜まりができていて、家には誰もいない。そこはただならぬ雰囲気が漂っていました。

しばらくすると父親から電話が入り、母が床に座ったまま意識がなくなり救急車を要請したところ、運良くかかりつけの病院に収容されたということでした。

取りあえず身の回りのものだけバッグに押し込み、私は病院へ急ぎました。あとで担当医に聞いたところ、あと5分止血が遅ければ、命の保障はなかったということでした。

難病の影響で、大腸から下血を起こしたのです。

すぐに輸血の承諾書を書くように言われましたが、輸血による諸々の感染や副作用も怖かったので、主治医とギリギリまで話し合いました。

この時私は、深夜の病棟の廊下で、「私の体の血を全部抜いてもいいから、私の血を使ってください」と絶叫していました。

「現在は、日本赤十字社からの血液しか使えない」ということで、病院側からは丁重に断られましたが、私が真剣に母を助けたい気持ちは伝わったようでした。

次回更新は1月10日(土)、18時の予定です。

 

👉『涙のち晴れ』連載記事一覧はこちら

同じ作者が描く人気小説

2024年7月 GLOランキング独占の話題作

傷つき、踏みにじられ、それでも前を向くしかなかった。
そんな経験がある人ほど、胸に深く刺さる一作です。

『泥の中で咲け』
第1回記事 担任の女教師から言われた差別的なひと言。そして、いじめ。僕は高校を2か月でやめた

 

親を想う気持ちが、こんなに複雑だったなんて✨

永年の介護生活と、両親を見送った後に見えた“本当の愛”とは――
共感が止まらない、人生の本質に迫るエッセイ。

『不完全な親子』
第1回記事 両親の葬儀では涙が一滴も出なかった。今までにいっぱい泣いたから――20年続いた母の介護。もちろん悲しい気持ちはあったが…