【前回の記事を読む】「ありがとう」を言えないまま――2つの骨壺を抱いたその日に、私が大きな声で泣く理由とは

第2章 老いを受け入れるということ

病気になっても終わることのない介護

インスリンを打つと妊娠はできないと思っていたので、「もう、私には、赤ちゃんが産めないのでは」とベッドの中でひとり泣きました。

随分とあとになってから、インスリン注射を受けている方から健康な赤ちゃんが生まれたという実例も聞こえてきたので、私がそう思い込んでいただけだったのでしょうか。

別に同情をしてほしくて、このようなことを書いているわけではありません。

ただ世の中には、いろいろな事情を背負った人がいるということを、頭の片隅にでも入れてもらえたら、大変嬉しく思います。

入院した時、手術の前後に、一体何をやったらあなたのような重度の糖尿病になるのかと、同じ入院患者に聞かれて傷つきました。

私と同じ病気にかかり、家族から勘当された人も知っています。私も入院する事態になったことを父にひどく叱責(しつせき)されました。

糖尿病という病気は、遺伝だと言われていますが、祖父母、両親、兄弟姉妹その他血縁者が皆、糖尿病になっていても、当人だけは発病しない人もいます。

そして、すべてがストレスのせいでも、不摂生がたたったからでもありません。

病気やケガや体の不調は、我が身に降り掛かってこないと、それがどんなに辛いことかは、知り得ないのです。

これは、老いも一緒です。なってみないとわからない。だからこそ、母に対しても言動には気を付けなければと感じています。

何事もなってみないとわかりません。だからこそ、日々の暮らしが大切です。