学校に帰った恭平と世良は、リュックと水筒を肩に掛け、並んで職員室に立っていた。
並んで小言を聞きながらも、恭平は世良に対し大きな敗北感を味わっていた。

恭平は三橋美智也が歌う「ああ新撰組」を知らなかった。皆の前で歌うこともできず、拍手するのが精いっぱいだった。

目立ちたがり屋のくせに、無知で臆病な自分が情けなくて、恭平は腹を立てていた。

この事件を機に、恭平とは世良は一気に仲良くなった。仲良くなったことで、恭平の世良に対する劣等感はさらに深まった。

終戦から十年経ったが、原爆投下後の広島では未だバラック建ての家が多い時代。

遊びに行った世良の家は、立派な門構え、鯉の泳ぐ広い池、五葉松(ごようまつ)や石灯籠を配した庭、全てに圧倒される豪邸だった。

姉弟三人が六畳の部屋に起居する恭平の家とは異なり、兄弟二人それぞれに八畳もある部屋が与えられていた。

恭平の家では、姉が渇望するオルガンさえも高嶺の花だったが、垣間見た広い応接室にはピアノが据えられており、世良はピアノを習っているという。

さらに、世良への劣等感を決定づけたのは、誕生日会へ招待されたことだった。

そもそも誕生日に友達を招待して祝う習慣など、当時はなかった。招待を受け、どう対応すれば良いのか判らない数名の親が相談して、千円程度のプレゼントを持参しようと決められた。それは恭平にとって二か月分のお小遣いに相当する。

迷った末に選んだのは、恭平が欲しかった千五百円もする地球儀だった。デパートの包装紙にリボンを巻かれた箱を抱え、世良邸の応接室におずおずと入った途端、恭平は立ち竦んでしまった。