私より若い女、私より綺麗な女、私より賢い女、私より演劇の造詣が深い女……菫子の頭の中で際限なく繰り広げられる妄想という名の嫉妬は、深みという深みにどこまでも堕ちていくようだった。実態が掴めないからこそ、その想像は限界を知らなかった。
一度、征児にこう持ち掛けたことがある。
「私の方も予定があるから、あらかじめ来られそうな日を言っておいてくれると助かるんだけどな」
征児はふらりと現れるばかり。たまたま菫子が職場の飲み会で帰宅が遅くなった日などは、来てはみたものの菫子が留守だったのでそのまま帰ったというようなことをあとから聞いたりしたからでもある。征児に会える日を一日ロスってしまったと菫子は悔やんだ。
が、当の征児はのほほんとするばかりで、
「そうは言っても、俺の方も予定が立つようで立たないんだ。舞台のあと急に皆で飲みにいくこともあるし。疲れて早く帰りたい日もある。約束していて行けなくなったら、その方が君をがっかりさせてしまうだろ」
言い訳を聞いても菫子は全く釈然としない自分を感じた。要するに征児は自由でいたいのだ。何かの約束やら束縛やら、その他あらゆる決め事をしたくなく、有名な役者になること以外の将来の展望には全く興味がないのだと。
その自由奔放さこそ征児の魅力であり、征児の役者としてのスケールをも裏付けているのだと重々知りながら、一人の男としての征児を愛する菫子の心は千々に乱れた。
寝ても覚めても彼のことが頭を離れないような恋……あれほど望んだ灼熱の恋に身を焦がしているというのに、菫子は時々自分が幸せなのか不幸なのかわからなくなる瞬間があった。本当の恋には苦しみが伴うんだ。恋の甘さとほとんど同じくらいか少しだけそれより多い苦さを菫子は思い知った。
「征ちゃん、ああ見えて照れ屋なんじゃないかなぁ」悩みに悩み、散々迷ったあげく、征児とそういう関係になったことを唯一打ち明けた加代子が、菫子の不安を払拭してくれるような恰好の理由を探し出してくれた。
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