おそらく逆に、そんな僕を、彼は遠くで批判的に、そしてがっかりした様な気持ちで見つめていたに違いない。彼と袂を分かって、連絡も無いまま何年経ったのであろう。結婚し、子どもも生まれてすっかり世間の垢にまみれていた、まさにそんな時、僕の目にいきなり飛び込んできた新聞の見出しであったのだ。

すでにあの時、到底、僕の手には負えぬところまで行ってしまっていた彼を、今さら引きとめる事など、全く不可能な事ではあったのだけれど。それでも、僕の頭の中には大いに語り合っていた頃の、Nの懐かしげな表情と仕草が、まるで走馬灯の影の様に駆け巡り、彼を全く意味の無い不条理な死に追いやってしまった、

そもそものきっかけを作った原因と責任が、実はこの自分にあったのではないか、そして、どこか取り返しのつかない大きな過ちを犯していたのではないかと言う後悔に、しかも、そういう自分だけは、こうしておめおめと生きているという後ろめたさと疾しさにも襲われ、それが悔悟の涙となって、後から後からこぼれ落ちてきたのであった。

実直そのものであった彼の母親、そして弟思いで優しかった姉さんは、あの時どういう想いでおられたのであろうか。そして、あれからどうしておられるのであろう。

その事を思うと、今でも若き頃の青臭い思い込みと思い上がりが、益々消し去る事の出来ない心の傷となって僕の身内に蘇り、思い出すたびに忸怩たる思いと、決して薄れる事のない自責の念にかられるのである。

 

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